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舊字舊假名辭書「丸谷君」第二版・解説


■第二版の序

 このたび舊字舊假名辭書「丸谷君」の第二版を清覽に供する機會を得たことは辭書編者の冥利に盡きる。第一版は比較的早急に準備されたため、遺憾の點も少なくなかつた。にもかかはらず、想像を超へて多くの諸氏の愛用を忝うしたことは望外の喜びであつた。第二版を早々に準備すべく、着想をあれこれと書き溜めてゐたのだが、不幸にして記録圓盤の事故により烏有に歸してしまつた。然し大手通信網から導下した舊版に、再度手を入れ直したのが今囘の第二版である。構想としては差分ファイルにするつもりであつたが、變換の誤りを正すには一部削除する行もあつたので、單純な差分ではなく、全ファイルを再び公開する運びとなつた。結果、足し引き約七百行の追加となつてゐる。

 第二版においても未だ意に滿たぬ點が少なくない。既に齡還暦まであと三十餘年しか殘してゐない身である編者にとつては、今後更に大改訂を加へる機會には惠まれないと思はれるが、今後とも大方の御教示によつて、多少なりとも電腦界における歴史的假名遣ひの發展に寄與したいと思ふ。

 なほ、今囘よりConvChar專用辭書といふ名稱をなくした。ConvChar以外の各種變換ソフトでも「丸谷君」の使用は可能だからである(「使用法」を參照のこと)。

 末尾ながら、「丸谷君」に關して絶大なる支持と貴重な助言を戴いた内外先覺の學恩に深く感謝の意を表する次第である。


■第一版の序(拔粋及び一部改)

 日本語はコンピュータにとつて極めて負擔の多い言語であることは周知の通りであります。その黎明期には、コンピュータに日本語を載せるといふことは、開發者諸氏の夢であつたと聞いてをります。しかしその後、技術は格段に進歩し、我々パーソナル・ユーザーも久しくその恩惠を受けてゐるわけです。

 尤も、一般にはそのやうに言はれてをりますが、それにも拘はらず、コンピュータにおける日本語事情は、未だ極めて貧しいと言はざるを得ない、といふのが本當の處でせう。パーソナル・コンピュータには「表現力」の時代が到來したとも喧傳されてをりますが、それはあくまで映像的の分野に限つてであつて、表現の基本たる言語の分野については、せいぜい「實用に足る」といふ域を未だ脱してゐないのであります。

 もし、「表現」といふなら、それは「恋」と「戀」の差にもある。また「ちょうちょ」と「てふてふ」のあひだにもある。即ち舊漢字、歴史的假名遣ひでありますが、これこそ表現の根本たる言語的分野における一大関心事のひとつであります。從來の環境でこれを用ゐやうとすると、日本語變換システムに大幅に手を入れる必要があり、時間的にも肉體的にも大變勞力を拂はねばなりませんでした。言語表現に些かのこだはりを持つ人は、一度ならず現代假名遣ひに固定された漢字變換システムとJISコードに不滿を覺えたことでせう。

 今囘試作した「丸谷君」は、極めて簡便に舊字舊假名遣ひを實現する辭書であります。文書變換ソフト(ConvCharやBunBun! など)の一種のフィルターとして機能し、現代假名遣ひで書かれたいかよふなる文章も、一瞬にして、町の古本屋でひつそりと眠つてゐる大正期の文學全集のやうに、舊字舊假名に變換するのであります。

 もちろん飽くまで私家用に作成したものであり、なにぶんにも淺學不才の作者の手によるものでありますので、多くの過誤や不備なる點を殘してゐるであらうと思はれます。しかし、コンピュータにおける日本語事情を憂い、舊字舊假名を愛好する同士諸兄、ならびに廣く電腦界に向けて些かの寄與となすべく、ここに第一版として清覽に供することにしました。甚だ簡單ではありますが、以上をもつて、ご挨拶の言葉に代ゑさせていただきます。


■「丸谷君」の特徴

 飽くまで、原文の意味、ニュアンスを損なはぬやう、舊字舊假名に改めることを旨とした。ひら假名を無理に漢字になほしたり、外來語を和語に變換したりはしないやうになつてゐる。しかし、それも面白さうなので、今後「丸谷君」の別バージョンでやつてもいいかなあと思ふ。


■使用法(第二版で修正)

 當初「丸谷君」は Macintosh用文字變換プログラムConvChar の辭書として作成された。
 使用法に關しては各ソフトを参照のこと。各ソフトの在処は、

Internet :
 Bun->Bun : http://www.vector.co.jp/authors/VA007446/sakuhin/bunbun.hqx
 ConvChar : 作者のペイジ。最新版ConvChar0.7がある。文字化けが解消された。

 なほ、「丸谷君」はPlain Text なので、MS-DOSやWindowsほかその他のシステムでも同様の文字變換プログラムで作動するはずである。特にMS-DOS向けには、MAL氏なる方が

 Nifty-Serve :
  FCOMEDY LIB:1-33 : malta2cv.lzh 丸谷君を使用するconvt

を作つて下さつた。あらためて謝意を表したい。


■弱點

 殘念ながら、ここで「丸谷君」の弱點について付言する必要があらうかと思ふ。一般に文字變換ソフトは字面だけを追つて作動するので、原文の正確な意味まで把握した變換は、今の處不可能である、といふことである。特に句読点の少ないうへにひら假名の多い文章には弱い。

 一例を述べれば、「臭ひ」は 名詞で「ニオイ」と讀む場合と、形容詞で「クサイ」と讀む場合がある。
 本來ならば、
  ニオイ「臭い」 → ニホヒ「臭ひ」
  クサイ「臭い」 → クサイ「臭い」
と、變換せねばならないのだが、文字變換ソフトと「丸谷君」のシステム上では、どうしても「臭ひ」か「臭い」のいづれかに統一せねばならぬのである。今の處、ニオイ「臭ひ」においては、「〜のニオヒ」「〜なニオヒ」といふ使はれ方が多いやうに思はれたので、そのやうな使用に限つて「ニホヒ 臭ひ」と變換するやうに細工してある。しかしこれ以外の例が出てきたときはお手上げである。

 さらにこれは本質的な問題も孕むものであるが、送り假名を「ことえり」や「ATOK」などで言ふ「本則」に從つて書かれた文章を想定してゐるので、それより多めに、あるいは少なめに送つて書かれた文章には、手も足も出ない。

 ことほどさやうに、「丸谷君」には不備な點が多いのだが、なにぶんにもお遊びであるからして、その點、諸氏は留意して、出來上がつた文章を人目に晒すまへによく點檢されるようお勸めする。


■注記

一、 文字變換ソフトおよび「丸谷君」を使用するに當たつて、いかなる損害を受けやうとも、 文字變換ソフトおよび「丸谷君」の作者はまつたく、全然、ちつとも、金輪際その責任を負ひません。

二、「丸谷君」を勝手に改竄しやうがバラバラにしやうがゴミ箱に捨てやうが、プリントアウトして鼻を咬まうが尻を拭かうが、徹頭徹尾使用者の自由であります。しかし、もしご竒特にもどこかに轉載しやうと思はれる方は、オリヂナルの中味を改變せずにお願ひいたします。また、作者宛に聯絡を下さい。

三、もし、「丸谷君」をもとに金錢的ないしは金錢に準ずる利益を得やうと企む人は、世の中を嘗めてゐるのでせう。そのやうな人も必ず聯絡を下さい。一緒に世の中を嘗めたうえで、リベートについて相談しませう。

四、「丸谷君」は實在の小説家とは無關係です。

五、作成に当たっては、福田恆存著『私の國語教室』(中公文庫)を参考にしましたが、「丸谷君」の變換が間違つているからと言つて、この本の所爲ではありません。もし歴史的假名遣いに興味を持たれ、より深く知りたいといふ殊勝な方には、本書をお勸めします。


以上、平成八年十一月四日 月曜日
どん珍竒大將軍(bap)
bap@ar.aix.or.jp
「拔本的」http://pweb.ar.aix.or.jp/~bap/
pxl06675@niftyserve.or.jp


使用された方から推薦文を戴いたのでこの場を借りて掲載させていただく。

「丸谷君を推薦する」

 文字によつて書かれた文章を、讀むといふ行爲には、當然その意味内容を理解するといふ目的が含まれるが、書物に書かれた文字そのものを目で追ふといふ身體的な行爲そのものに、エロチツクな快感が伴ふことに間違ひはない。しかし悲しいではないか、ビジネス書全盛の今日、意味内容を理解するといふ目的に特化した讀書に過大な價値が置かれ、文字そのものを目で追ふ快樂が置き去りにされてゐる。

 コンピュータの世界では、そもそものその黎明から、文字を目で追ふといふ行爲が重視されることなく、如何に短時間に多量の情報を傳逹するかに心血が注がれ今日まで來た。我らは、高速で畫面を流れる文字列を眺めながら、文字と人との幸福な關係が永久に失はれたことを嘆いたものだ。

 しかし諸君、この寒い時代もここに終はりを告たことをここに申し上げる。ここに現れたる丸谷君は、文字を追ふといふ行爲にエロスを復活した。屈辱的な名稱を冠され、衰亡の道をたどるかと世人には思はれた、舊假名遣ひに光を照らしたのである。

 丸谷君の計畫たるや世間の一時の投機的なるものと異なる。それは、永遠の事業として今後あらゆる犧牲を忍んで繼續發展させ、もつてコンピュータ世界における文字の地位の向上にその特色を發揮せんとするものである。

 藝術を愛し、文字を愛し、知識を求むる諸子の自ら進んで、この丸谷君を支持し、うるわしき希望と助言とを寄せられることを期待する。

大阪市「西中島南方」氏(Nifty-serve ID匿す 文章編者により一部改)


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